祖母の話  ①機織り時代の先輩を訪ねて

投稿日:2013年04月20日

私の祖母は明治生まれで、昭和55年92歳で亡くなった。

これだけ年が違うと、その言動はすこぶる興味深い。
私は孝行孫を偽装していたので、時々祖母のお出かけに同行した。

おかげで祖母の色々な思いや言動に接する事ができた。
いわゆる晩年を迎えた老人の昔話には欲も得もないが、ちゃんと聞かないと怒る・・・・・

 

その方の名前は忘れた。

訪れた家は、以前、首里にあったキリスト教短期大学の裏手だったように記憶している。

家の門をくぐると90歳前後とおぼしき老女が、庭先にある便所の方へ歩いている。

背がひしゃげた様に曲がり膝の上あたりをしっかとつかみ、上体を支えているようだ。

祖母は懐かしさのあまり、涙をこらえきれない風情で見ていたが、かけよって

 

祖母:「恩姉(んみー)たい。カマドゥ(ぐわぁー)()ょーいびーんどー。」(お姉さん、カマドゥ小が遊びにきました。)

老女:「(たー)ーが来ょーんでぃなー」(誰が来たんだって?)

祖母:「カマドゥ小どぅやいびーしが」(カマドです。)

老女:「えーカマドゥ小ーなー。 何処(まー)ぬカマドゥ小―が。」(えっ、何処のカマドかな?)

祖母:「壺屋のカマドゥたい。」(壺屋のカマドです。)

老女:「えー壺屋のカマドゥ小な。ちゃー頑丈(がんじゅう)そーてぃー。」(そうか、壺屋のカマドか。元気だったかい?)

 

祖母の涙を拭きながらの応対に対し、恩姉(んみー)は至って平静である。家の人が出てきて中に招き入れる。

恩姉(んみー)も中に入ろうとする。

 

祖母:「恩姉たい、うんじょー便所かぇーあいあびらんてぃー。」(お姉さん、便所へ行く
つもりだったのではありませんか?)

老女:「ぬー便所なー。便所やあまやさ。」(何、便所かい。便所は向こうだよ。)

 

恩姉はすっかり何の用だったか忘れたようだ。その後の四方山話も時代を感じさせるもの

で、興味深い内容であったがここでは省略する。

私はその恩姉の指先に注目していた。

恩姉はさっきから話の内容には興味がないようで、ハンカチの四隅をしっかりと合わせ、

しかし慣れた手つきでたたんでいく。随分ぼけてはいるものの、昔の几帳面な性格を垣間

見た様な気がした。

恩姉が話に乗ってこないので祖母はいささか不機嫌である。

もう一つ祖母を不機嫌にさせるものがあった。

老女:「あんし、(やー)やまーやが。」(ところでお家は何処だった?)

祖母:「壺屋やいびーん」(壺屋です。)

という会話が何の脈略もなく10分ごとに起こるのである。

帰りは不機嫌極まりない様子で、傍目にも可哀相ではあった。

懐かしい先輩と楽しかった話、苦しかった頃の話をするつもりが、恩姉はさっさとぼけてしまって話も出来ない。sobo1-337x460

気丈だった祖母は自分の将来を見た様な気がしたかもしれない。